コールマンを創る人々 第39回 マーケティング本部 コミュニケーショングループ PRマネージャー 大内佑香 2019/03/28

大内佑香さん

長年の夢を叶え、ユーザーと触れ合う場に立つことができた大内さん

 インタビューでの第一印象は、目力のある女性…。その視線には強い意思が宿っているように見えた。しかし、話を進めるうちに浮かび上がってきたのは、現実や課題を素直に受け入れ克服しようとするしなやかな姿。大内佑香さんはこのふたつを信条に長年の夢を叶えたのである。

遊びは林の中…木登り好きな少女時代
子どもの頃、自然の残る環境で育ったという。家で遊んだ記憶がないと笑った

子どもの頃、自然の残る環境で育ったという。家で遊んだ記憶がないと笑った

 大内さんは東京生まれ。幼少期を過ごした横浜市青葉区のたまプラーザ駅周辺は、近年、オシャレな高級住宅地として人気だが、当時は豊かな自然が広がっていたという。
「公園にあった2本の木が好きで、しょっちゅう登ってました。家の周りが雑木林だったので秘密基地みたいにして、近所の男の子たちといつもそこに入っていったんです。みんなでカブトムシを捕まえたり…。とにかく、家の中で遊んでいた記憶がないですね」
 小学4年生の時、そんな自然好きな少女に転機が訪れる。
「日能研という塾に通い始めて、それからは勉強ばっかりしていました。頑張るとクラスが上がるっていうのが楽しかったんです」
 学ぶことの楽しさを知った彼女は、それによってこの後、さまざまな局面を乗り越えていく。とはいえ、机にかじりつくだけのガリ勉タイプになったわけではなかった。
「飛び出すカードを作るのが好きだったんですよね(笑)。友達の誕生日とか家族の記念日とか…そういう時にプレゼントして喜んでもらうのが嬉しくて、しょっちゅう作っていました。誰もいらないっていうのにワッペンを何種類も作って配ったり… (笑)。大学を卒業してからも、結婚式に呼ばれると動画を企画してみんなで撮って…単なる自己満足かもしれませんけどね」
 人を喜ばせる楽しさは、この後も長く彼女の人生を彩っていくのだった。

テニス漬けの毎日と、その先に待っていたもの
いつも声が枯れてましたね…と振り返るテニス部時代

いつも声が枯れてましたね…と振り返るテニス部時代

 大内さんが選んだのは世田谷区にある中高一貫の名門女子校。しかし、ここで壁にぶつかることになる。
 「小学校では塾で頑張っていたこともあって、学校の勉強が物足りないくらいでしたが、進んだのが偏差値のそこそこ高い学校で、早慶を目指すような子ばっかり。自分が全然できなかったんですよね。でも挫折ではなくて、実力を自覚できた…自分ってこんなもんなんだ…と受け入れました(笑)」
 そして熱中したのがスポーツだった。
「テニス部に入ったんですが、中高一緒に部活をするので、中学3年生でもまだ途中、とにかく声を出す…みたいな。真っ黒に日焼けして声を出しまくってた記憶しかないんですよね(笑)」
 リーダー的にグイグイ引っ張っていくタイプではないが、メンバーのひとりとして努力し最善を尽くす…、そんな大内さんの素顔が少しずつ見えてきた。
 しかし、テニス漬けの毎日も、思いがけず幕を下ろすことになる。
 「5年間テニスばっかりやってたんですけど、高校最後の試合で(団体戦の出場枠を)高1の後輩にとられて、出られなかったんです。もう悔しくて…悔しくて…“こんなに頑張ってきたのになんで出してくれないんですか!”と、先生に聞いたら“お前は声を出すことに期待してるっ!”って(笑)。たしかに上手ではなかったけど、とにかく声を出してたな…って。それで、“もういいや…勉強に集中しよう”と思ったんです。ほかの部員は最後までやるんですけど、私はそこで“はい、終わりっ!”」
 最善を尽くした後は、潔く現実を受け入れる…まさに大内さんらしいフィナーレだった。こうして、高校3年で大学進学のために予備校へ通い始め、勉強の楽しさを再認識した。
「学校の近くの予備校に通う同級生が多かったんですけど、そうすると集中できないと思って、1時間かけて知り合いがいない横浜校に通ったんです。勉強がすっごく楽しかったんですよね。夏休みなんて1日14時間とか平気で勉強していました」

自分の好きなブランドの研究に打ち込んだ大学時代

そんな努力が実って有名大学の商学部に進んだ大内さんは、体育会の男子バスケットボール部に籍を置くことになる。
「NBAが大好きでずっとTVで見ていたので、スポーツ推薦の選手たちが目の前で練習する姿に圧倒されてしまって・・。練習は週7日ある時もありましたが、自分が応援している選手やチームの一番近くで応援できる幸せを感じていました。
だから就職活動が始まってからも、はやく部活に戻りたいという気持ちの方が大きかったです」
「就職活動では営業企画の会社を中心に見ていたのですが、その時友人から、なぜ大手自動車メーカーを受けないのか?」と質問されました。
振り返ってみると、私は2年時に基礎ゼミの1年間のまとめとして1本の論文を書き、3年時の授業で5年分の経営分析を行い、3.4年時の専門ゼミで卒業論文を書いたのですが、そのテーマがすべてその企業についてでした」
大内さんは、意図せず自分の好きなブランドについて研究しており、面接を受けに行くとスムーズに採用が決まったのであった。そしてすぐに部活に打ち込んでいった。

ブランドのよさを伝える仕事がしたい…

 卒業後、大手自動車メーカーに総合職として入社。営業やマーケティングなど、ユーザーに近いところで仕事をしたいと思っていた大内さんだが、商学部会計学科卒という肩書から、配属されたのは経理部だった。
 「えー!って、3日くらい悩んで、まぁ、仕方ないよな…って(笑)。各事業部の収益性を見る管理会計という部署で、資料を作って、毎月偉い人にプレゼンテーションするんですが、それはそれで刺激的でした。経営者の視点も学べましたし…」
 しかし、お客様の近くで仕事をしたい…ブランドのよさを直接伝えたい…という想いは募るばかり。在籍6年で辞表を提出した。
「それから就職まで1年空きます。半年は学校に通いながら海外を旅行していました。最初の1ヵ月はカリフォルニア。次にイギリスのマンチェスターで学校に通いました、その後はヨーロッパを回ったんです。アメリカで友達になったフランス人の実家に宿泊させてもらってフランス語のみの3時間のディナーに混ぜてもらったり、イギリス人の友達の実家でイングリッシュガーデンの中でBBQランチに参加させてもらったり、ヨーロッパの友人とスペインやイタリアに旅行もしました。実は大学時代に初めての海外旅行でアイルランドに行ったのですが、その時、なるべく日本人がいない所がいいと思ったんです。同じ理由でマルタ島にも行きました。とにかく地元の人と地元の文化を感じるのが楽しみだったのだと思います。帰国後、仕事も英語を使うグローバルな仕事をしたかったので、TOEICが400点くらいだったのを800点まで上げて外資系の会社にチャレンジしました」
勉強好きな彼女の面目躍如である。

経理からマーケティングへ…。ついに叶った夢
現在、念願の最前線でブランドイメージを構築する日々を送っている

現在、念願の最前線でブランドイメージを構築する日々を
送っている

 顧客に近い立場で仕事をしたいと願っていたものの、まずはキャリアを活かしながらグローバルな仕事ができる職場を探すことしたという。こうして、2013年、コールマンの一員となる。
「すごくフランクで風通しがいいなぁ…と思いました。最初、スーツで通勤していたんですが、数日後、スーツで来なくていいよ…って(笑)。前職では、ランチはチャイムで一斉に食べに行ったり、5時半になると電気も消されて帰されちゃう日があったりとか、ガチガチの集団生活だったんですけど、みんな自分自身の責任で仕事を進めていくんだ…ってびっくりしました」
 再び経理の仕事に就いて1年。組織改編で、経理の立場で営業のサポートを担うようになる。彼女の周りで何かが動き始めていた。さらに1年後………なんと念願のマーケティング部への異動が叶ったのである。
「上司には、お客様の近くで仕事をしてみたい…と言い続けていたんです。まぁ、そんなこと言わせえてもらえるだけ風通しの良い会社で、私は、幸せなんですけどね。経理からマーケティングへの異動ってほとんどないんです。本当にありがたい。頑張ろうって…心から思いました」
 配属されたのは、宣伝広報を担当する部署だった。
「とにかく感謝のひと言です。初めてのことばかりでしたが、長年の夢をかなえてもらったんですから、大変だとか苦労なんて言う立場ではないです。やらせてもらえるだけでありがたい…という想いでした。最初に関わったのは、キャンプカレッジなどのイベントですね。社内では経理の人って思われてたから、イベント用品を運んでたりすると笑われました。できるの?って(笑)」
 現在では、プレスリリースや販促用動画の制作、タイアップ記事の担当など、活躍の場を広げている。

“ハッピー商材”を扱っているという幸せ
一人一人にそれぞれの楽しみがあっていいはず…そんな想いもイベントで伝えている

一人一人にそれぞれの楽しみがあっていいはず…そんな想いもイベントで伝えている

 大内さんが立つのは、まさにコールマンの最前線。ユーザーに真正面から向き合う毎日だが、どんな想いで過ごしているのだろう。
「コールマンっていいよね!と、言われる時がいちばん幸せです。でも、それはお客様の近くにいるから感じられるんですよね。先輩に教わったんですが、何を売っているかではなくて、誰が売っているかも大切だ…と。自分を好きになってもらえれば、コールマンを選んでいただけるようにもなるのではないかと。だから、イベント業務ってとても泥くさいけど、商品や自分達のこと深く理解していただけるチャンスと捉え楽しんでいます」
 そして、彼女の努力は少しずつ実を結んできた。
「キャンプカレッジで知り合ったお客様が別のイベントにも来てくれて、“大内さん!”って声を掛けてくださることが結構あるんですよ。“あれから楽しんでますよ”とか、“あの後、道具を買いました”とか…。自分を覚えていて声をかけてくれたことはもちろんですが、それがきっかけとなってキャンプを楽しんでくれていることが嬉しいんです」
 子どもの頃から自製のカードを贈ったりして、誰かを喜ばせるのが好きだったと語る大内さんだが、ブランドへの想いにもそれは漂っていた。
「コールマンの何がいいのかな?って考えてみたんですが、こんなハッピー商材はないなぁ…って思ったんです。キャンプって、ある程度時間の余裕がなければできないし、お金も必要だし、夫婦仲もよくなければならないし…(笑)。そういう中で、私達の商品は、楽しい時間を過ごすお手伝いをするわけですよね。食品とか生活消耗品のように、なければ困るものではないのに、使っていただければ、みんな笑顔になって“ありがとう!”って帰っていってくれる…。人を幸せにする商品だから、やりがいがあるんです」
 では、彼女はコールマンをどんな会社と捉えているのだろう。
「みなさんのためのキャンプの会社です(笑)。作っているのは、いい時間を過ごせる道具であって、そこが本質で…それを追い続けているメーカー。大切なのは何を使うか?や、どう見せるか?ではなくて、誰とどんな時間を過ごすかだと思うんです。別に、全部コールマンの商品でなくてもいいんですよ。最近、キャンプはこうでなければいけない…とか、こうするべきだ…とか、敷居が高くなっちゃっている気もするんですが、創意工夫の遊びなんだから、一人一人にそれぞれの楽しみ方があっていいはず。気負わずに自分のスタイルを見つけるのが楽しみだと思います。それをお手伝いできるブランドでありたいですね」
 全力投球すること…その結果を素直に受け入れること…そしてまた努力すること…大内さんはこうして夢を叶えてきたのだった。
「ブランドの魅力をお客様に伝える仕事をしたいと十数年思い続けて、やっと夢が叶いPRの仕事に就くことができました。でも、やってみて思うのは、“好き”なだけではだめだということ。この仕事では、ブランドのことだけではなく、商品のスペックも、売り上げも、トップの考えもすべてきちんと把握し、深く理解した上で発言し、行動しなければならないんだなぁと、痛感しています」

 次の夢は?と尋ねてみると、「コールマンの発信者としてきちんと前に出られるようになりたいですね」と、微笑んだ。それは夢でもあり、彼女の覚悟のようにも聞こえるのだった。

お気に入りは、バックアウェイ ソロクッカーセット。便利な1人用クッカーだ

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