早井隆志

営業部 課長

早井隆志
「本当はインスピレーションでヒット商品を作れたら格好いいんですけどね」と早井さん。「でもいつかは釣りのバッグを作りたいなぁ…」と笑った

早いもので「コールマンを創る人々」も10回目。振り返れば、個性豊かで情熱的な方ばかりだった。そこで披露される失敗談に大笑いしたり、目頭を熱くさせられたり…そんなひとコマひとコマが思い出される。

さて、記念すべき10人めとして登場するのはちょっと異色の営業マン。扱うのはバッグ類だ。名刺には営業と記されているが、テントやクーラーなど他の商品には関わらない。つまり、コールマンにおけるバッグの専任営業マンなのである。社内を見回しても、彼のような専任営業職は他にいない。

そんな早井隆志さんは、昭和43年2月28日、熊本県熊本市生まれ。

バッグ事業のパイオニアは無類の釣り好きだった

「今でもできることなら熊本に戻りたいですね。遊びにしても考え方にしても、人格も身体も自分を作り上げてくれた場所ですからね。でも、いちばんの理由は魚釣りかも(笑)」。

その言葉のとおり、早井さんは大の釣り好きだ。野外で遊ぶことの楽しさも釣りで知ったという。

「5,6歳。幼稚園の頃、父が連れていってくれたんです。人生初の獲物は魚の目玉(笑)。ウキがピクピクって動いたので竿をピッて合わせたら、ハリに何かがついてきたんですよ。よく見たら魚の目玉だけなんです(笑)。」

それが原体験。野外で過ごすひとときも素朴だった。

「アウトドアっていう捉え方じゃなかったですよね。サバイバルに近いような感じ。キャンプは目的じゃなくって手段でしたから。海や川に行って釣りをする…それを泊まりがけで楽しむための手段。野営って感じですよね」。

とはいえ、近年、いろいろな楽しみをさらに深くしたり、増すための手段としてのキャンプをするという方が増えているような気がする。野外フェス、バイクのツーリング、釣り…彼と同じようにキャンプと向き合っているファンは多い。

「そうですね。だから今は、コールマンの一員として、そういった流れをサポートするために、そしてもっと楽しんでもらえるようにお手伝いできたらって思います」。

彼の釣り好きは並ではない。いろいろな釣りを経て、もっとも熱くなったのはバスフィッシングだった。それもアメリカに本部を持つ団体に所属し、トーナメントも転戦。地区のチャンピオンになり、アメリカ最高峰の大会に出場する権利を賭けた国内のチャンピオン戦にも出場したという。

「子どもの頃なんてね、どうしても釣りに行きたくなって我慢ができなくなるわけですよ。そうなると朝、“言ってきま~す!”って、学校に行くふり(笑)。ランドセルの中は釣り道具なんです。たて笛のケースには折り畳みの竿を入れて。どう考えても、夜、家に帰ったらゲンコツの2,3発はもらうわけですよ。学校から電話が入っているはずですから。筋金入りですよね(笑)。大学の頃なんて、年間200日は釣りに行ってました。その頃から釣り場には前夜に入って、野外の宴会やって(笑)」。

その熱い心は今も変わらない。自然で遊ばせてもらっているという想いから、水辺の環境を守るための清掃活動などにも積極的に参加しているという。

「コールマンとの出会いは有明海。あっちでは、明け方に大潮の干潮が回ってくる日を選んで、箱メガネを使って魚を捕まえるんですけどね。ある時、カンテラの代わりにコールマンのランタンを使ってるのを見かけたんです。“すごい!なんて明るいんだろう…”。そんな出会いの後、熊本で通っていた登山用品店にツーバーナーがあったんですが、当時の金額で2万4000円くらいしていました。お店の人が“火力が凄いんだよ。どんなコンロより強力なんだ”って言うわけです。あの強烈な明るさの記憶がありましたから、この火力もどれだけ強力なんだろうって思いました」。

ビジネスの基本は物事を多面的に捉えること

やがて、早井さんは就職。それはアウトドアとまったく無縁の世界だったが、現在につながるビジネスセンスを育むことになる。

「釣りを仕事にはしたくなかったので、証券会社に入ったんですよ。しばらくはあまりにも忙しくて釣りとは無縁の生活でした。実は大阪証券取引所で場立ちをやってたんです。毎日毎日、仕事を覚えるのに必死で。2年ほどいましたが、仕事への取り組み方や物事の見方、捉え方はここで叩きこまれました」。

それがバッグのプロジェクトを任された時、一気に開花することになる。

「どんなものでも、ひとつの面だけを見ていては本質が分からない…最低でも3つの方向から見なければならない…って叩きこまれました。それは今でも活きています。たとえば、ある商品を作る時、コールマン側からの見方がありますよね。でも、販売店さんからの見方もあれば、お客さんからの見方もあるわけです。それらがリンクする部分がどこか…ウチの商品はそこから生まれています。でも、やっぱり市場は生き物なんです。出した時はよくても、1年経ったら世の中が変わってしまっていることもあります。今の正解が明日の正解とは限らないんですよ」。

そんな早井さんだが、担当する部門は年々成長し、アウトドアブランドのバッグとしては未曾有の成功を収めてきた。その背景には原点から出直した戦略があったのである。

「コールマンって、ランタンやテントのイメージは強いですが、バッグやカバンとなるとあまりイメージがないんです。だから最初に、その世界でコールマンというブランドがどう捉えられているかとても気になりました。それじゃぁ、どう思われてるのかを知ろうと、お客さんの反応に関するデータを3年分くらいじっくりと見てみたんです。まず感じたのは、自分たちが思っている以上に、世間はコールマンという存在を知っているな…ということ。それも、コールマン=キャンプ用品メーカーであることがきちんと認識されていました。ただ、僕の中でショックだったのは、コールマンブランドを所有するというステイタスが思ったほど高くなかったことです」。

自称スーパーO型のデスクトップ。釣りのトーナメントの優勝盾が誇らしげに飾られていた
自称スーパーO型のデスクトップ。釣りのトーナメントの優勝盾が誇らしげに飾られていた

彼の前にはおぼろげながらアウトラインが現れ始めていた。やがてそのギャップを埋めるための模索が始まる。

「コールマン本社から来たスタッフが言っていたこと思い出したんです。“コールマンってアメリカではどんな見方されてるの?”って聞いたら“日本のサンスターみたいなもんだよ”って。“意味分かんないよ、どういうこと?”と言うと、“ポピュラーってことだよ”って(笑)」。

そのアメリカ人が口にしたポピュラーという言葉に、ヒントのひとつがあった。

「アメリカでは“ポピュラー”って、人気があるという意味で使われることが多いんですが、彼は“一般的に生活の中に存在していながら、ブランドの信頼が高いってイメージだよ”って言ったんです。そこで気づきました。“あっ、今の日本におけるコールマンブランドも、結構それに当てはまってはいるんだな”と。そこからですね。バッグに関するアプローチを変えてみようと思ったのは」。

こうして、早井さんは進むべき道を確信する。

「さらに探っていくと、安定感、信頼感、頑丈というイメージがあって、これはすでに獲得している宝だから絶対に大切にしなければならないと思いました。そこで、製造工程を徹底的に管理して、不良率の改善に取り組んだんです。そのために手間のかかる工程を加えたり、検品の回数を増やしたり…。さらに、ユーザーの年齢層や消費指数を分析したものを加味することを心がけたんです」。

それは見事に実を結び、コールマンのバッグ類の躍進が始まった。

「でもね、現状で不良率はかぎりなくゼロに近くなっているんですが、それでも万が一当たってしまったお客さんにとっては、“1”なんですよ。100%なんです。“コールマンのバッグってダメだな”ということになってしまう。それをなんとかゼロにしたいんですよ」。

地元長良川の清掃活動にも仲間と共に積極的に参加。遊ばせてくれる自然への感謝、想いがその源だ
地元長良川の清掃活動にも仲間と共に積極的に参加。遊ばせてくれる自然への感謝、想いがその源だ

エントリー層が使いやすい商品を届けたい

私事だが、先日姪の遠足を見送りに出かけた。小学校4年生。バスに分乗して房総半島の先まで向かうという。集合時間になると校門前に子どもたちが続々と集まってきたが、驚いたのは、コールマンのリュックを背負う姿の多いこと…。

「子どものリュックはおかげさまで好評です。元々ファミリーキャンプのイメージが強いんで、親子のお客さんは入りやすいんでしょうね。でも、何よりうれしいのは、こうして子どもたちが小さい時からコールマンというブランドを身近に感じてくれることなんです」。

彼が温かな視線は、子どもだけではなく、アウトドアのエントリー層全体に注がれている。

「キャンプ用品事業と少し違って、バッグに関してはエントリーのお客さんを中心にして商品開発をしているんです。たとえば山登りにしても、マウントトレックという商品があるんですけど、まずはそれを背負って山に親しんでもらう…というコンセプトで作っています。エントリーを前提にして使用状況を想定し、それだったらこういう機能が必要、こんな商品がほしい…ここまでの機能は必要ないけれど、その代わりこの部分のクオリティはあげよう…そんな感じで商品開発担当者と詰めてきます」。

「カラーズ」への想い

これまで参加してきた数々のプロジェクトは、既存のイメージに対する挑戦でもあった。

「これまでの仕事でいちばん印象に残っているのは、やっぱりカラーズでしょうか。もともとウチのバッグは、カラーバリエーションが3,4色はあったんですね。でも、売り場を回ってるうちに、お客さんの動向や求めているものが少しずつ変わってきているような気がしていたんです。 “これを買ってください”というのではなく、お客さんが“これらの中から選びたい”っていう感じになっていると思いました」。

しかし、その変化への対応はまったく未知の世界へ踏み出すことを意味した。

「どうやってそれをウチの商品に反映させればいいのか分かりませんでした。今のラインアップに手を加えればいいのか、元から全部作り直さなければならないのか…。まったく見えませんでした」。

その時、彼のもとにあるアパレル企業からコラボレーションの話が持ちかけられる。オリジナル商品を一緒に作りたいという申し出だった。

琵琶湖での雄姿。釣りの話になると下がる目尻が、息子さんの同行でさらに下がった
琵琶湖での雄姿。釣りの話になると下がる目尻が、息子さんの同行でさらに下がった

「その過程で、非常にカラフルなものを求められたんです。戸惑いました。こんなトーンのリュックが売れるのかと。でも、3日くらいで売り切れてしまったんです。私も見に行きましたよ。若い女の子がそのリュックをジッと見て、レジに持っていくわけです。“あっ、ホントに買っていったよ! すごい!”って(笑)。そのブランドは若い女性がメインターゲットだったんですが、ウチの商品もアプローチによっては彼女たちのような層に通用することを教えられました。それからですよね。カラフルなラインナップをメインにしてみようと本気で思ったのは…」。

しかし、それはあまりにも刺激的な挑戦だった。

「社内で提案してみるとやっぱり“それじゃ怖いよ…これまでのアウトドアトーンでやったほうがいいよ。そこにカラフルなのも少し加えてさ…”っていう声が上がりました。でもそれでは意味がないんです。最低でも4色はハデなカラーを用意してメインに据えなきゃ!って押し切ってしまいました」。

こうして、カラーズと銘打った新たなラインナップが世に送り出された。かつてないカラフルな商品群だった。

「1年めから高い評価をいただきまして、2年めには10色まで増やすことができました。展示会での見せ方も、壁一面に全カラーを並べようと…。今では、バッグ関係の6割以上を占めるまでになりましたから、立派な柱です。でもくどいようですが、市場は生き物ですから(笑)、今年の秋冬から、カラーに柄を加えてみました。チェックとかドットとかね」。

本来のキャンプ用品とは異なる分野で販売に関わってきた早井さんだが、その想いは実にソフトだ。

「コールマンって、憧れの存在でありながら身近であってほしい…。キャンプをやったことのない人にとって、キャンプ場に出かけるということ自体がハードルになっているかもしれないですよね。だったら、今日のご飯、ベランダで食べようか…でもいいと思うんです。そんな雰囲気の中にコールマンがいてほしい。そういう時にコールマンが役に立ったらうれしいです」。

その背景には、ブランドへの深い愛情がある。

「大阪支店にいた頃にね、あるアウトドアショップで、僕がコールマンの人間であることを知ったお客さんが、1枚の絵をプレゼントしてくれたんですよ。俺が書いたんだ!って感じで。オアシスから男女が顔を出して楽しそうにしている絵だったんですけどね。コールマンが大好きで描いたらしいんです。そういう想いを寄せてもらえる会社で働けるのってすごく幸せじゃないですか。だから、そういうお客さんを裏切っちゃいけないと思うし、“絶対に裏切りませんからね!”って伝えたいです」。

早井さんが、もっとも想い入れの深いプロジェクトだという「カラーズ」のバッグ
早井さんが、もっとも想い入れの深いプロジェクトだという「カラーズ」のバッグ
取材と文
取材と文

三浦修

みうらしゅう

コールマンアドバイザー。日本大学農獣医学部卒。つり人社に入社後、月刊 Basser編集長、月刊つり人編集長を経て、2008年に広告制作、出版編集、企画、スタイリングなどを手がける株式会社三浦事務所設立。自称「日本一ぐうたらなキャンプ愛好家」。

1960年生まれ。千葉県市川市在住