梅園あい
マーケティング本部 コンシューマーリレーショングループ

1999年、自然環境を研究するひとりの女子大学院生が、アルバイトとしてコールマンジャパンの門を叩いた。配属されたのはPR関連部門。メディアへのさまざまな対応をするコールマンの顔だ。そして彼女は、第12回に登場した五十嵐砂利美さんのもとでメディア関係者に商品写真を貸し出したり、取材用のキャンプ用品を準備したり、という日々を送ることになる。
以来16年…広報やイベントなどコールマンジャパンの対外的なブランド戦略の最前線に立ち、最近では、日本のキャンプシーンに女性の目線からの様々なアプローチを提案してきた。
クールで理論的…しかし夢を追いかける情熱家
彼女の名は梅園あいさん。切れ長の目の奥にいつも笑みを湛えたクールビューティだ。初めてお目にかかったのはやはり2000年頃。驚いたのだが、彼女によれば、それは入社して最初の展示会だったとか。雑誌の編集者として訪れた私への応対は落ち着きと気配りに満ち、新人だったとは信じられない。
そんな彼女に対して長年抱いていたイメージは物静かな知性派。もちろん、今でもそれは変わっていないのだけれど、今回もうひとつ新たな顔が加わった。それは「夢見る情熱家」。一見相反する二つの要素を備え持つ梅園さんへのインタビューは、時間とともに熱を帯びていった。

海の男と山ガールのDNAを持つインドア派
梅園さんは、東京都大田区生まれの品川育ち。生粋の都会っ子だ。
「両親とも東京生まれなので田舎っていうのがありません。昆虫を捕まえたり、ザリガニ釣り…というような思い出はないんです」
しかし、アウトドアとの接点は豊富だった。ご両親が積極的にリードしたからである。
「父がヨットに乗っていたので、時々クルージングに連れていってくれました。小笠原で十泊十一日なんて離島のサマーキャンプにも放り込まれました。そして冬はスキー。そういうチャンスを与えてくれたっていうことには心から感謝しているんです」
父親と共に楽しんだヨットライフ。そんなひとときが彼女に自然との付き合い方を教えてくれたという。
「ヨットって、特別な感動がありますよね。出航の時はエンジンで進みますけど、基本的にはあの騒音がない。モーターボートだと自然と一体になった感じがしないような…(笑)。風の力だけで海の上を滑るように進んでいくのは格別です。30ftでしたけど、夏休みには何泊かしながら伊良湖の方まで行ったんですよ。寄港した先ではシーフードのBBQです。
ある時、向かった先で体調を崩して点滴を受けたことがあるんですが、寝ている私の横でお医者さんと父がヨット談義で盛り上がっちゃって…。先生もヨットマンだったんです。次の日、先生のヨットに遊びに行って…子どもながらにヨットマン同士のつながりっていいなぁ…と思いました」
彼女は幼くして、自然の中で過ごす楽しさや豊かさ、そこで育まれる人間関係の素晴らしさを学んだのである。
「兄が中学生の頃、友達と富士五湖のキャンプ場に行ったんですね。私も母や妹とついていきまして、バンガローに泊まったんです。それが人生初のキャンプ体験でした。母はワンダーフォーゲルをやっていたのでそういうのが好きだったのかもしれません」
父親は海の男、母親は山ガール…。そんな最強コンビのDNAを受け継いで彼女は生まれたのだった。しかし、素顔の梅園さんは意外にもインドア派だったという。
「普段の私は部屋で刺繍とか…お菓子を作るのも好きでしたし…外で日が暮れるまで遊ぶなんてなかったです。習っていたのも書道とか。中学校ではブラスバンドですね。小学校からクラリネットをやっていたんです。高校ではオーケストラです。ですから、完全にインドア派の文系ですよ」
西表島で知った自然の躍動
そんな梅園さんが進んだのは農学部。野生動物保護を志した。
「まったく文系だったのに、小学校の4年生から夢は獣医だったんです。でも、数学も物理も大の苦手でまったく歯が立たず…。浪人時代に、東京農工大に野生動物保護学研究室というのがあることを知って、こっちかもしれないって思いました。より広い視野で自然や動物を見ることができると…」
そこで彼女の行動力が一気に花開いた。親でさえ反対する本格的な野外活動に次々と参加するようになる。
「動物研究会っていうのがありまして。環境省の予算で自然調査の手伝いをしたりしていました。西表島調査とか、帯広畜産大学のアザラシのカウントとか…いろいろ行きました。西表島ではイリオモテヤマネコに発信機を付けて、その行動を調べるんです。西表島と言っても観光エリアではない、まさにジャングル。テントを張って1日中山の中にいるんです」
西表島では、自然の躍動をダイレクトに感じたという。
「なんて言うのかなぁ…島が生きてるんです。たとえばマングローブの林に踏み入っていくと、私たちの足音で動物たちがサッと動きを止めるじゃないですか。でも、ちょっと息を潜めていると、またザワザワザワっと動き始めるのが感じられるんです。その躍動、豊かさみたいものを実感するんですよ。地球は生きている!って」
一方で人の暮らしが自然の営みに与える影響にも想いを馳せるようになっていった。
「研究の題材として選んだのは観光客の意識調査です。たとえば、奈良県の大台ケ原で鹿がいっぱい増えて…樹皮を食べちゃって…木が枯れて山が荒廃して…でも鹿を駆除するなんて言い出したら一斉に非難されます。じゃどうしたらいいの?って話なんですけどね。鹿を減らさなければ元の環境には戻らない…そういう現状に観光客がどんな意識を持っているのか…っていうのが論文のテーマでした」
結局、その課題を追及するために大学院へ進学。しかし、研究に行き詰まり、半年間の休学を決意する。それがコールマンとの出会いにつながった。
「とりあえず少し休学して、頭の中が整理できたら復学しようと思っていたんです。で、何かアルバイトしなくっちゃ!と探していたら、友人が“コールマンが募集してるよ”って」
その友人は大学時代、子供たちをキャンプに連れて行く活動の仲間だった。親からヨットやスキー、キャンプなど自然に親しむきっかけを与えられたことに感謝していた梅園さんは、そういうチャンスに恵まれない都会の子ども達を応援したいと思っていた。たまたま知った品川区の夏休みキャンプを手伝うことになったが、そこでひとつの想いが頭をもたげてくる。
「すぐ脇でキツツキがドラミングしているのに、あまり目を向けないような指導に疑問を感じるようになり、もっと自然そのものに目を向けようよ!って強く思い始めました。もう少し、子どもたち自身の感性で興味を示したものを大切にするような活動はできないものか…と」
そんなコンセプトを盛り込んだ活動を友人達とスタートさせた梅園さん。卒業後の進路としてインタープリターを考えていた彼女にとって、それは大きな意味を持っていた。

熱望したユーザーとのダイレクトなコミュニケーション
こうして、コールマンの一員となった梅園さんだが、アルバイトを始めて半年経った頃、上司から社員にならないかと誘いを受ける。
「仕事も面白かったですし、今就職すれば家も出られるな…なんて思って、復学をやめ、その話を受けることにしました。」
やがて、多忙なPR業務をこなす日々が彼女にひとつのアイデアを生み出させることになった。
「メディアに対して、さまざまなコメントやメッセージを伝えてきたんですが、それが誌面や画面になった時、ストレートに表れていないことも多かったんです。“本当はそういうつもりじゃなかったんだけどな…というもどかしさを何とかしたい”という想いがどんどん強くなっていきました。ユーザーや世の中と直接コミュニケーションを持てる方法はないだろうか、と考え、ユーザー向けのイベントを上司に提案すると、思いがけず快諾してもらえたんです。それが2002年。翌2003年にキャンプカレッジをスタートさせました。キャンプ教室のきっかけでした。それまでもCOCミーティングはありましたけど、会員さん限定でしたし、代理店さんにある程度任せちゃってましたから…」
現在、数多く開催される一般ユーザー向けのイベントは、ここにルーツがあった。
「…とはいえ、社内にはそういう経験がないわけです。私なりにかなりの時間をかけて計画、準備していても、スタッフとして参加する社員は普段それぞれの仕事があって忙しくしています。COCミーティングなどは代理店さんなどがセッティング、運営していましたので、自分達が現場で主体的に動くという感覚を持ってもらうのに苦労しました。だいたい、入社したばかりの新米の私が先輩社員にいろいろお願いしたり、指図するんですから…(笑)。
イベントが一応の完成形になるまで5年くらいかかりました。それまでは、予算や労力に対して、きちんと胸を張って効果があると答えられなかったんです。でも、5年めにキャンプカレッジの同窓会を企画して、過去の参加者に声を掛けてみました。そうしたら、全員がコールマン製品を持って集まってくれて…。中には新しいお友達を連れてきてくださった方もいたんです。初心者だった方々が立派なキャンパーになってました。その時、実感したんです。確実に伝わっている!って。その頃から自信が持てるようになりました」

日本のキャンプを母親の目線で変えていきたい
母親となった梅園さんは、キャンプに対する考えや捉え方が変化したことに自分でも驚いたという。しかし、それは新たなステップへの大きなヒントでもあった。
「出産してキャンプに戻ってみて、自分がまったく違う視点で見るようになっていました。子どもがいなかった頃には考えもしなかったことが気になるし、私でさえこうなんだから、普通のお母さんにはハードル高過ぎるよなぁ…って思ってしまうことがたくさんありました。
妊娠後CSR部門に移って、その後再びPRに戻った時期があるんですけど、そのときに、今ならもっとメディアさんをもっと“その気にさせる”ことができるんじゃないか?って思ったんですね。女性誌、育児誌、ファッション誌、ママ誌などの編集の方々に向けて “キャンプは難しいものじゃないし、子どもの成長やママのリフレッシュにいいんですよ!”って訴えられるのではないかと…。
そういう雑誌の編集の方々は多くが女性だったので、“やってみたい!”という流れになり、いろいろな企画が進んでいきました。やっぱり、自分が子どもを持ったことでさらにリアルな提案ができたことが楽しかったですね。製品のことだけを伝えるのではなく、その先…それを使って自然の中でいかに素晴らしい時間を過ごせるか…ということを伝えるのに、一番の喜びを感じています」
現在はアウトレットなど直営10店舗の販促業務に携わる梅園さん。ユーザー向けイベントやメディアへの働きかけからちょっと離れた毎日だが、じっとしているはずはない。
「コールマンといっても、女性社員には自分だけではなかなか行けない…っていう人も多いんですよ。また、一般的にはお父さんがネックになることもあるんですよね。ご主人がインドア派だったりすると、奥さんがキャンプに興味があっても…ね…。そんなとき、お母さん同士でキャンプに行けたらいいじゃないですか。お母さんだけではクルマが出せない…というなら、電車で行ける方法を捜すとか、バスを出してくれるキャンプ場はないか…とか…いろいろ考えてるんです。そのためのいろいろなシミュレーションや実験を進めてるんですよ」
そして、最後に口にしたのは、未来に向けた熱い想いだった。
「子どもが小学生になったのでキャンプ始めたいんですが…っていう声をよく聞くんですが…それでは遅いです(笑)。小学校に入ってしまうと家族でキャンプに行く時間ってどんどん減っちゃいます。だから、2才とか3才とか、ちょっと手が離れたら外に出かけてほしいんです。その本当に貴重なチャンスを逃さないでほしい…。
コールマンもこれまでの長い歴史で、やはりお父さん目線で道具を作ってきた傾向はあると思うんですよね。同じキャンプでも、お母さんたちは食事、片づけ、着替え、おむつの枚数や処理…そんなことに真っ先に意識が行ったりします。だから、コールマンとしても、そういう想いをきちんとサポートしてあげたい。社内にも子どもを持ったお母さんが少しずつ増えているので、そういう視点を活かしていけると思うんですよね」
たしかにキャンプシーンは長い間、男性がリードし開拓してきた。しかし、そこでこぼれ落ちていた視点や感覚が盛り込まれた新たな世界が現れるとしたら…私だってワクワクする。梅園さん、楽しみにしていますよ!


取材と文
三浦修
みうらしゅう
コールマンアドバイザー。日本大学農獣医学部卒。つり人社に入社後、月刊 Basser編集長、月刊つり人編集長を経て、2008年に広告制作、出版編集、企画、スタイリングなどを手がける株式会社三浦事務所設立。自称「日本一ぐうたらなキャンプ愛好家」。
1960年生まれ。千葉県市川市在住