被災地で実際にあった
エピソード

東日本大震災被災地、熊本地震の被災地で
実際にあったエピソードをご紹介します。

「熊本地震」
被災地のエピソード

  • 熊本地震で停電が起こり、唯一心の支えになったのが、コールマンのランタンでした。柔らかな光がささくれ立った私の心をなぐさめてくれました。やはり常に非常時の備えは大切です。

    益城町 / 男性 / 43歳

  • 4月14日の震災の後、館内のトイレが使えなくなったために、屋外に仮設トイレが設置されました。駐車場の照明も故障していて、夜は暗闇になります。足元は亀裂が大きく入り、トイレも照明なんかありません。そんなときにボランティアの方が設置してくれたランタンが、避難所の夜の足元や仮設トイレ内を優しい光で照らしてくれたおかげで、避難されている皆様が安心してトイレに行くことが出来ました。発災後すぐの大変な時期に、ランタンは避難所の安全確保の無くてはならないアイテムでした。

    益城町 / 女性 / 41歳

  • 発災直後に避難所になった体育館は、ガス、水道、電気すべてが止まりました。そして生活に必要な備品はほとんどない状況の中、多くのキャンプ道具が送られてきたことで、多くの恩恵を受けました。今回の地震により、キャンプで得られる生きる力と、非常時に如何に備えが必要かを実感させられました。

    益城町 / 男性 / 47歳

  • 避難所でみんなで集まって集会をする際に、優しい明かりをともす折り畳み式のLEDランタンに心が癒されました。避難者の憩いの場の創出に繋がりました。

    御船町 / 男性 / 51歳

  • 被災地で活動するボランティアスタッフのための水を、阿蘇のボランティアセンターから現場まで、コールマン社のクーラーボックスに入れ運搬しています。ボランティア活動を継続的に行っていく上でも水はとても大切なものなので、手軽に運べるクーラーボックスは便利です。

    阿蘇 / 男性 / 38歳

  • 度重なる余震のために家の片付け以外のことは外で行わないとならず、子ども達にも不安な思いをさせていたのですが、子ども達がキャンプ用品の中からイスやテーブル、調理器具などを用意してくれました。普段はよく家族でキャンプをしていますが、その経験が役に立ちました。子ども達の成長に感心し、頼もしく感じました。

    ランタンはもう20年前のコールマンのランタンですが、電気がない今回のような時は活躍しました。最新式も良いですが、昔ながらのランタンは素晴らしく灯りが持ち、ずっと使える丈夫さに感動しました。

    益城町 / 男性 / 42歳

「東日本大震災」
被災地のエピソード

  • 津波で被災した家にとり残された家族に逢うために津波直後のエリアに向かいました。友人から借りたウェットスーツとリュックに詰め込んだ少しの食料とランタン。沈黙した集落に涙しつつたどり着いたのは一階に壊滅的な被害を受けた我が家、その中で生きのびていた家族との再会。寒さと恐怖に凍えるようなその夜の、本当の奇跡を暖かく照らしてくれました。

    宮城県名取市 / 男性 / 47歳

  • 震災直後からの停電で明りと暖房がダウンしました。余震が続く中で、被災して避難してきた親戚ら5人と家族4人で過ごした時間は生涯忘れないでしょう。ランタンを灯したテーブルを囲んでの夕食。家族が揃った安心感に、ランタンの暖かな灯りに少しだけ心が安らぎました。暗い部屋はテントの中のようで、パパの発案ではじめた山手線ゲームは楽しいキャンプ場の一夜のように、子供達に笑顔を与えました。

    宮城県柴田郡 / 女性 / 42歳

  • 家族3人でよく行ったキャンプでしたが、中でもお気に入りはコールマンのチェア。数あるキャンプ用の折りたたみチェアの中でも抜群の座り心地で、一定のその角度と肘掛けの曲線ラインの心地よさは最高です。一緒に行く仲間からも絶賛されたものです。

    今回、災後の津波で多くの家財が流出し、物置にしまっていたキャンピンググッズも殆ど失ってしまったのですが、幸いにも一脚だけ瓦礫と泥の中から取り戻しました。このチェアは家族や仲間と楽しんだ思い出そのものです。落ち着いたらまた家族分をそろえてキャンプを楽しもうと思っています。

    宮城県名取市 / 男性 / 54歳

  • 震災では長い間断水が続き、とても苦労いたしました。歩いて10分ほどのところに設けられた給水所では、一人あたま20リットルの制限付きで水が配られました。家族5人に必要な水はとても多くて、とにかく節約節約で頑張りました。

    洗い物にできるだけ水を使わないようにと、キャンプ用のランチプレートにビニールラップをしいて、めいめいに食事を盛り付けて出しました。食べ終わったあとはラップを捨てるだけといった具合です。いつかのキャンプでの工夫を活かしてのひとこまでした。

    宮城県名取市 / 女性 / 45歳

  • 震災の時は3月半ばだというのに夜は冬のような寒さの中、電気、都市ガスが止まり、我が家の暖房は古い灯油ストーブだけとなってしまいました。度々の余震で不安が募る中で、寝袋はとても暖かく、いつでも動ける格好で寝れるので、しばらく使いました。間もなく使うのを止めました。いつかキャンプに行って寝袋の中で、あの一連の夜を思い出さないように。

    宮城県仙台市 / 女性 / 45歳

  • 今回の震災では都市ガスの復旧が大幅に遅れ、どの家庭でも料理は大変苦労したと思います。そこで我が家では、キャンプ用のバーナーが登場いたしました。とは言え、盛大に料理を行ったのは1回だけでした。燃料のホワイトガソリンのストックがなかったのです。この災害の局面で、自慢のバーナーを活躍させられなかった事は、アウトドアズマンとして無念の極みでした。

    宮城県仙台市 / 男性 / 43歳

  • 停電で冷蔵庫が止まり、断水で水の確保に苦労する中、我が家ではクーラーBOXを使って凌ぎました。冷蔵庫の氷をクーラーBOXに移し、生ものの貯蔵庫として代用しつつ、給水タンクとしても使いました。水はためる容器が足りなかったので、クーラーボックスにビニールのごみ袋を入れて、袋の中にたっぷり水を入れ保管しました。

    宮城県仙台市 / 男性 / 35歳

  • 震災当時、断水の為、町が提供する給水所まで脚を運んでおりましたが、ウォータージャグを持っていったことで、長距離の移動でも水をこぼすことなく、(鍋やバケツを持ってきていた人は、移動が大変そう)強風の中でも水の中にほこりやゴミが入らず、衛生的にも良い感じで、貴重な水を保管・使用できた。

    宮城県遠田軍涌谷町 / 男性 / 28歳

  • 震災後、電気・ガスのライフラインが寸断され、家にあった灯油も底を尽き、寒さをしのぐ為に、キャンプ用と持っていた寝袋を使うことで、寒くなく、安眠することができていました。寒い中でも、「どこでも寝れる」ものとして、大事だと実感しました。

    宮城県仙台市 / 男性 / 43歳

  • 震災時給水タンクを持っていなかったので、ColemanクーラーBOXを代用して凌ぎました。3.11の際は、停電が長引く情報すぐに入ってましたので、冷蔵庫の氷をクーラーBOXに移し、生ものの貯蔵庫として代用しつつ後半は給水タンクとして使用しました。

    宮城県仙台市青葉区 / 男性 / 31歳