キャンプは子どもを
元気にする

子どものからだや心に関する研究をされている
日本体育大学 野井真吾教授のお話

子どもの頃、「外に行って遊んできなさい」と親に促された思い出はありませんか?
日が暮れるまで思いっきり遊んで、家に帰ったら夕ご飯を食べて、ぐっすりと眠る…。
そんな当たり前のひとときが子どもの心と体に大切だと科学的に検証したのが、
日本体育大学の野井真吾教授です。
そこで、世田谷区の静かなキャンパスを訪ね、外遊びの効果についてお聞きしました。

子どもたちは本当に元気がないのだろうか

アウトドアで過ごすひとときが、子ども達の成長や情操教育に効果があるという話はよく耳にします。栃木県芳賀郡のツインリンクもてぎ内にある自然体験施設、ハローウッズのプロデューサー、崎野隆一郎さんも子どもたちを受け入れながらそれを実感していました。同施設では、夏休み子ども向けイベントとして、30泊31日のキャンプ企画を運営しています。崎野さんにとって、野外生活の中で子どもたちが目に見えて変わっていくのが何よりの喜びでした。
子どもたちが、健康に、活発になっていく…崎野さんはそう思いながらも、客観的に検証できないことを歯がゆかったといいます。そこで声をかけたのが日本体育大学の野井真吾教授で、長年、子ども達の心や体を研究するスペシャリストでした。野井先生はその出会いをこう語ります。
「サンダルに短パン…崎野さんはそんな格好で訪ねてきたんです。ビックリしました。でも話を始めたらすぐに意気投合して…。彼は現場の実感として、野外生活が子どもたちを元気にすると確信していました。“あなたは子どもの体と心のことを調べているようだから、その『元気』を証明してほしい”というんです。これだ!と私も思ったんですね」
それまでも、各地の幼稚園など教育施設で研究を進めていた野井先生ですが、これを機にハローウッズとのコラボレーションが始まります。そこには、子どもたちに対する長年の想いがありました。
「僕は以前、中学校と高校の教師をしていました。当時から最近の子どもは元気がないとか、体力がないとか…そんな話をよく耳にしていたんですが、実際に測定をすると体力がある子も少なくないんです。でも、ようすを見ていると確かに元気がないようなんです。彼らと話せば、自分の意思でぐったりしてるわけではないんですね。積極的に活動したい、健康になりたいという意志も強いんです。なのに、なぜか元気がない。これは彼ら以外になにか原因があるのではないか…そう思うようになっていたんです」

野外のワクワクドキドキが子どもの脳を育てる

心と体…これを、野井先生は脳と自律神経の問題と捉えました。このふたつに注目して、子どもたちの心と体の現状を把握しようと考えたわけです。
「崎野さんの話をじっくり聞いてみると、体のリズムが関係しているような気がしてきたんですね。さらに“子どもたちは最初のうち見向きもしなかったことにだんだん目を輝かせるようになる”と聞いて、これは認知機能とも関わってるな…と。そして、自律神経も気になりました。
こういった背景にあるものが見えてくると、何を測定して調査すればいいかが分かってきます。さて、心はどこにあるかと言えば脳ですよね。大脳の前頭葉と呼ばれる部分で、その働きの一つが認知機能と呼ばれているものです。一方で体のリズムや調子は自律神経の問題で、血圧や体温に影響し、悪いと体調が崩れます」
近年、小学校などで学級や授業の崩壊という話を耳にするようになりました。授業中に、騒いだり走り回る子どもが増え、正常な学校活動が困難になるという問題ですが、先生は、この問題も脳の働きから捉えています。
「私たちは何かに集中しなければならない時、脳が興奮します。そして、興奮の抑制も起こるんですが、前頭葉が未発達だとそれができない。結果として集中力を持続させることができなくなります。だから、いつもソワソワ、キョロキョロしていて落ち着きがないんです。私たちはそれをそわそわ型と呼んでいます。過去の調査を見ると、1969年には、そわそわ型は年齢と共に減っていったんですね。小学校に入る頃には全体の2割くらいになってたんです。でも、1990年代になるとそれが増えてきて学級崩壊が騒がれるようになりました。さらに10年経つと男子の7割はそわそわ型になってしまいます。つまり、今の日本は前頭葉が成長しにくい状況なのかもしれない…と思うようになりました。こういう話になると“小学校に入ってからでは遅い!早期教育を!”とか、“しつけがなってない!もっと道徳教育を!”という話になります。でも、本当にそうなんでしょうか」
そんな疑問を解き明かすヒントを、野井先生は栃木県のある幼稚園で目にすることになります。
「そこでは、朝登園してくると“じゃれつき遊び”っていうのを全員でやるんですね。とにかく外に行って20~30分好き勝手に遊ぶ。何をやってもいいんです。むしろ興奮をあおるようなことをガンガンやらせてる。ルールはありません。ある意味で道徳教育の反対をやってるんですよ。一緒にやるとこっちがクタクタになるくらいみんな大騒ぎです。でも、ここではそわそわ型の子どもが少ないんです。おそらく、朝いちばんで前頭葉を含めた脳に刺激がどんどん行くからだと思います。それによって脳の発達が促されるのではないでしょうか。こういったことから、私は“人間は本来、物事に集中できないような未発達な脳を持って生まれてくるのではないか…それが脳への刺激によって徐々に集中も抑制もできるようになっていくのではないか”と考えるようになりました。脳を育てるために大切なのはワクワクドキドキ感で、熱中できるような体験が必要なんです。早期教育や厳しすぎる道徳教育ではありません」
ハローウッズのキャンプでも、当初そわそわ型だった子どもが後半には改善していくのが確認されています。
「キャンプの前半では6割の子どもがそわそわ型なんですが、後半では2割になっているんですよ。でも、このキャンプでじゃれつき遊びのようなことはやっておらず、決まったカリキュラムにみんなで取り組んでいきます。つまり、じゃれつき遊びでなくてもいいんです。ワクワクドキドキ感を味わうことができ、脳に刺激を与えられれば、キャンプのような活動でも効果があるということです」

日中の光を浴びて運動すれば元気度アップ

さて、もうひとつの要素である生体リズムについても、先生は現場での体験をもとに深く掘り下げていきました。このリズムに大きく作用するのがメラトニンという物質で、体温を下げて眠りを誘う鎮静作用を持っています。また、抗酸化作用によって細胞を守ったり、性的な成熟を抑制したり…という効果も知られていますが、長期キャンプによってこの分泌がどう変わるかを調べてみると、驚くべき結果が現れました。
「キャンプに参加する前の子どもたちは、睡眠を誘うメラトニンが夜9時半よりも朝6時にたくさん分泌していました。これでは夜なかなか眠れず、朝起きられないのも当然です。しかし、キャンプに来ると、夜9時半の分泌が急増して、朝6時の分泌が激減したんです。つまり、子どもたちの体が、夜眠くなって朝にはきちんと起きられるようになるんですね」

長期キャンプは、明らかに生体リズムを整えるが、終わると元のリズムに戻ってしまう!

では、なぜ子どもたちのメラトニンの分泌が変わっていったのでしょうか。先生はメラトニンの元となる物質が重要だといいます。
「メラトニンの元となる物質がセロトニンです。これは必須アミノ酸であるトリプトファンから作られます。そのため、乳製品などの食事をきちんと摂ることが大切ですが、運動や深呼吸も大切です。また、何よりも日中に日光を浴びることで分泌されるんです。ですから、朝ご飯を食べて、運動し、日光を浴びることがセロトニンを生成するのに重要ということになるんですね。キャンプはまさにそんな毎日ですから、セロトニンもきちんと作られるのでしょう」
先生は、都会で頻発するトラブルにもこのセロトニンが関係していると推測しています。
「セロトニンのもうひとつの役割が精神の安定なんですね。最近、学校でイライラする子どもが増えてたり、電車の駅で肩がぶつかったくらいで刺しちゃったり…なんてことも、日本全体がセロトニン不足になっているからではないかと思っています。……それともうひとつ。最近、姿勢の悪い子どもが増えていますが、これにも密接な関係があります。重力に逆らってきとんとした姿勢を保つには、爆発的な筋力は必要ないんですが、ずーっと持続的に緊張し続けなければなりません。この筋肉に作用しているのもセロトニン神経なんです。姿勢が悪いのは筋力が弱いからじゃないかと思いますよね。でも、そうだったら柔道部の子やサッカー部のメンバーは姿勢が悪いわけがない。なのに、軒並み悪いんですよ。筋力はあっても緊張させ続けることができないんです」
寝つきや寝起きが悪い、イライラする、集中力が不足している、姿勢が悪い…その原因がどうやらセロトニン不足にあることが分かってきました。しかし、現代の生活から、セロトニンが生まれやすい環境はどんどん少なくなっています。日中の光を浴びる外遊びはなかなか楽しめませんし、夜は過密スケジュールで塾や習い事が待っています。遅くまでテレビが楽しげな誘惑を続け、コンビニやスーパーは昼のように煌々と照らしています。そんな環境で「早寝早起きしなさい!きちんと朝ご飯を食べなさい!」って言われる子どもたちが少し気の毒になってきますね。

キャンプは外遊びの優等生

野井先生は、いろいろな外遊びの中でも、キャンプには他の外遊びにはない特性があると指摘します。
「キャンプみたいな活動では、テレビもゲームもないし、日中は光を浴びて運動をするし深呼吸もする。夜は夜であっという間に暗くなります。ハローウッズの例でも、目に見えて寝つきがよくなりました。このキャンプ中、“早く寝ろよ”なんて言われることは少なく、むしろ普段の生活のほうが多いでしょうが、放っておいても寝ついてしまいます。(グラフ2)寝起きもよくなって、朝にきちんと排便するようになり、食欲も増して、悩みも軽減していることがデータに現れています。(グラフ3)セロトニンやメラトニンの効果なんですね。精神的に安定しますから悩みが感じにくくなっていくんです。外遊びもいろいろありますが、キャンプの特性は、“非日常”という点かもしれないですね。他の外遊びは、家の周りとか日常でも楽しめるものが多いじゃないですか。でも、キャンプは転地ということもあるので、非日常としての刺激が大きいと思います。人間関係もガラリと変わりますし。そういった部分で効果が大きいと言えるかもしれません」
こういった劇的な効果が実証された一方で、キャンプから普段の生活に戻った場合どうなるんだろうか…そんな素朴な疑問もわいてきます。

長期キャンプは寝つきをよくする!長期キャンプは朝の食欲も喚起する!

「こうやって調べてきて、“あぁ、崎野さんたちはこれを元気と表現したんだな”と実感しました。つまり、朝から子どもたちのエンジンが掛かっている状態です。(グラフ4)このリズムはキャンプ終盤まで維持され、そのまま家庭に戻っていくわけです。彼らは、改善した自分の心や体に気づいているんですよ。でも、帰宅してひと月もすると元に戻ってしまいます。戻したいと思っている子どもはいないはずなんですが、下界では体調を乱すようなものがたくさん待っているんですね。でも、外遊びをすることには意味があると思います。何度か繰り返すことで体が覚えますし、キャンプのエッセンスを普段の生活に取り込むヒントも得られるからです。キャンプではこうだったよな…ってイメージを膨らませることも大切なんです。私なんて、ハローウッズに行くようになってから、家のリビングの電球を抜きました。6つあったのを4つにしたんです。暗い方がメラトニンが出ますからね。それもキャンプから学んだんです」

長期キャンプは朝の体調もよくする!

健康になるスローガンは「光、暗闇、外遊び」

野井先生は、そんな日常の生活で子どもの心身を少しでも改善するための新たなスローガンを提唱しています。
「今、大切だと思っているのは、“光、暗闇、外遊び”の三要素です。事実、私もハローウッズと調査を始めるまで、子どもたちに野外での遊びがこんなにインパクトを与えているとは思っていませんでした。今の子は、“早寝、早起き、朝ごはん”って言われますけど、寝ろって言われても寝られない現状で、スローガンとしてはみんなが不幸だと思うんです。子どもだって、“分かってるけどできないんだよ!”となりますし、親は“いったい誰に似ちゃったの?”という話になって、繰り返されるとお父さんとお母さんも仲が悪くなる。でも、“光、暗闇、外遊び”ならなんとかできそうな気がしませんか?日中、光を浴びて外遊びして、夜暗い所に身をおけば、自然とメラトニンができて、早寝ができるようになる、そうすると早起きができて朝ご飯も食べられるようになります。だから、スローガンとしてはこれがいいんじゃないかな…と思うんですよ」
キャンプは自然の中でのんびりと豊かな時間を味わう素晴らしい遊びですが、こうして健康な心と体を取り戻す有効な手段であることも分かってきました。デジタルゲームや便利で楽な生活と引き換えに大切なものを失ってしまった現代の子どもたち…今、キャンプはそれを取り戻すきっかけのひとつとして注目されています。

野井真吾(のい・しんご)

野井真吾(のい・しんご)

1968年東京都生まれ。日本体育大学大学院体育科学研究科 博士後期課程修了。博士(体育科学)取得。東京理科大学専任講師、埼玉大学准教授を経て、現在日本体育大学教授。子どものからだや心に関する研究を続けている。(主な著書)「からだの”おかしさ”お科学する」(かもがわ出版)、「子どものケガをとことんからだで考える」(旬報社)

森の自然体験ミュージアム
HELLO WOODS; ハローウッズ

~ハローウッズってどんなところ?
森の自然体験ミュージアム「ハローウッズ」は、ツインリンクもてぎ(栃木県茂木町)にある豊かな自然に囲まれた自然体験施設。植物や昆虫、いろんな生きものを観察できる自然体験フィールドをはじめ、クラフト工房やオートキャンプ場、冒険教育ができる施設もある。
遊びやアウトドアクッキングなど、四季を通じていつでも楽しめる自然体験プログラムが用意されており、30泊31日の『ガキ大将の森キャンプ』も、ハローウッズの森を中心に行われている。
http://www.twinring.jp/hellowoods/

崎野隆一郎

崎野隆一郎

1957年 鹿児島生まれ。ハローウッズ森のプロデューサー。北海道大雪山における様々なアウトドアレジャーの企画運営を経て、1999年、本田技研工業(株)の自然活用プロジェクトに参画。2002年より自然の中で30泊31日を過ごす『ガキ大将の森キャンプ』を実施。
(主な関連書籍)「ガキ大将の森」(小学館スクエア)、「あんこ」(星の環会)